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スタッフが週替わりでお届けする「編集後記」。 今週はベトナム人スタッフのMaruchanがお送りする、「都市部中間層家庭の視点から見た40年のドイモイ(刷新)政策の成果」のお話です。
Maruchanは1980年代初頭、ベトナム北部の港湾都市ハイフォンに生まれました。当時は米国による経済制裁下にありましたが、父は外航貨物船の船員として、日本を含む複数の国を航海していました。そのため、我が家は都市部の中間層に属し、社会全体と比べれば比較的恵まれた暮らしをしていました。

ベトナム共産党は1986年の第6回党全国大会で従来の発展モデルの限界を認識し、ドイモイ政策を打ち出しました。ドイモイ政策の基盤は、経済思考の転換にあり、中央集権的な計画経済から市場メカニズムへ移行するとともに、多様な経済セクターから成る経済を承認し、その中で民間経済を重要な構成要素と位置付け、社会主義志向の市場経済を段階的に構築する点にあります。
しかし、米国による経済制裁が長年にわたって続いてきたことに加え、1991年のソ連崩壊を背景に、同年の越中国交正常化など国際関係が大きく再編される中で、ドイモイの成果が現れる前に、国民生活は厳しい状況に置かれました。我が家も例外ではなく、「南部のほうが生活しやすい」という話を頼りに、家族でホーチミン市へ移り住みました。
それでも、1990年代前半の小学校時代、Maruchanは国の転換期に伴う貧しさを身をもって経験しました。最大の願いは「肉をお腹いっぱい食べること」。豆腐やピーナッツの魚醤炒めが主菜の日も珍しくありませんでした。制服は二着を何年も着続け、家にある高価な物は父のホンダ・カブのバイク1台とソニーのテレビ1台だけ。ノートは黄色の紙で、教科書は中古、ページ抜けや落書きのあるものも多かったです。
1995年の越米国交正常化を迎えた頃、Maruchanは中学生になり、生活は少しずつ改善しました。1990年代末から2000年代前半にかけての高校・大学時代には、固定電話、冷蔵庫、洗濯機、そしてデスクトップ型パソコンとインターネットが、一つ一つ家庭に加わっていき、国の着実な前進を実感するようになりました。
2007年の世界貿易機構(WTO)加盟は大きな転機でした。この年、Maruchanは社会人となり、その後のベトナムの急速な発展を当事者として見続けてきました。
2025年現在、ベトナムは大きく姿を変えました。都市部・農村部を問わず、中間層の家庭が複数のバイクや家電、スマートフォンを持ち、旅行を楽しむことも日常となっています。過去の貧しさを知るからこそ、人々は現在をより大切にし、国の成長、自らがその成長に関わってきたことを誇りに思っているのだと感じます。南北統一のために多大な犠牲を払った先人たち、国を正しい方向へ導いてきた指導者たち、全国の労働者たちに深く感謝しています。
2025年には、省・市の再編や党・国家機構のスリム化という大胆な改革が行われ、新たな成長段階への基盤が築かれました。課題は多いものの、インフラ整備、人材育成、デジタル・人工知能(AI)・半導体分野への取り組み、高度技術投資の誘致など、前向きな努力が続いています。
不安定な国際情勢と揺れ動く世界秩序の中で、これまでの歴史的経験を生かし、指導部が中立政策と国家の安定を守りながら国を的確に導いていくことを、Maruchanは願っています。
40年のドイモイを経て、ベトナムは1986年のGDP 263億USD(約4兆2000億円)、国民1人当たりのGDP 436USD(約6万9000円)から、2025年にはGDP 5140億USD(約81兆円、1986年比19.5倍増)、国民1人当たりのGDP 5026USD(約80万円、同11.5倍)へと成長し、世界で最も貧しい国のグループから脱出して、上位中所得国のグループに加わりました。現在は、かつての敵国を含む多くの国と幅広い協力関係を築いています。
とりわけ、第14回党全国大会(2026年1月19日~23日)では、ベトナムにとって次なる「ドイモイ」を切り開く節目となりました。中所得国の罠を乗り越え、安価な労働力や資源依存から、知識・データ・先端技術主導の成長へ転換する強い意思が示されています。Maruchanは、その刷新の精神と発展への意志を、政策の随所に感じています。
ベトナムは建国100周年の2045年までに高所得国になるという目標を掲げており、そのために経済成長の加速と構造改革、特に民間経済の活性化や教育改革を積極的に推進しています。Maruchanが定年を迎えるその頃、次世代が確かな知識と広い視野、旺盛な勤労意欲、国への忠誠心を備えた国民として成長していることを願っています。
<ベトナム共産党第14回全国大会の開幕式会場>

以下は、ベトナム共産党第14回全国大会の開幕式会場の様子です。会場正面にはマルクスとレーニンの肖像が掲げられ、マルクス・レーニン主義を思想的基盤とする党の一貫性が明確に示されています。一方で、舞台全体には多くの観葉植物が配置されており、やや装飾過多ではないかという印象も否めません。また、今大会では「手を掲げて挨拶するホー・チ・ミン主席の全身像」が採用されましたが、従来用いられてきた半身像と比べると、配置や空間との調和という点では必ずしも適切とは言えないものの、人々に向けた親しみや開放性を表現しようとする意図は感じ取れます。
こうした印象から、現在も共産党体制を維持している他の4か国では、全国大会の会場演出がどのようになっているのか、好奇心から調べてみました。
左上:中国共産党(2022年)・右上:朝鮮労働党(2021年) 左下:ラオス人民革命党(2026年)・右下:キューバ共産党(2021年)

これらと比較してみると、ベトナムの大会会場の舞台演出は、色彩面では赤と金を基調とした配色が際立っており、権威性や強い政治性を前面に押し出す点で、中国と北朝鮮の表現に近いと言えます。一方で、建国指導者の像を据え、豊富な緑を取り入れた構成は、空間全体に柔らかさと親しみやすさを与えており、その点ではラオスの大会演出と共通する部分が大きいように感じられます。
これから始まる次の発展段階において、ベトナムがどのような姿勢と価値観を選び取り、どのような「語り方」で自らを世界に示していくのか、その方向性は政策だけでなく、こうした空間演出の変化にも静かに表れているのではないでしょうか。
photo by Maruchan & Internet —————————— 今回は、ここまでです。 最後まで、お読みいただきましてありがとうございます。 今後とも、「ベ トナム株・経済情報」をよろしくお願いいたします。
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